(旧)娘。魂の唯物論的な擁護のために

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中大兄皇子、ピンチかも??

 2月2日に某国営放送で放送された『大化改新 隠された真相 〜飛鳥発掘調査報告〜』を見ました。

http://www.nhk.or.jp/special/onair/070202.html

 これは超面白かった。

 これまで、「日本書紀」の記述などから逆臣とされてきた蘇我入鹿らが、実はそうではなく、天皇家を守る軍事的役割を担う存在だった可能性があるそうな。
 そして、唐の侵略に備えつつ、かつ侵略を未然に防止するために唐と親交を深めようとした蘇我氏。遣唐使を始めたのは蘇我蝦夷(入鹿の父)だ。

 番組では、蘇我氏が滅ぼされた乙巳の変のクーデターはむしろ保守反動的な性格を持っていたかもしれない、と学者さんが言っていました。

 「日本書紀」も大化の改新に関する記述は、あとから大幅に加筆修正された可能性が高いそうで。
 逆臣蘇我氏を滅ぼした乙巳の変(645年)により「大化の改新」がスタートし、律令国家体制の整備が始まった、という記述は、疑われているらしい。本当の開始は、663年に白村江の戦いで唐に大敗を喫した後である、と言うことらしい。

 また、番組では触れていませんでしたが、蘇我蝦夷、入鹿の名前についても疑問視する説もあるようです。


蘇我入鹿の名前は中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)によって、これまでの名前を資料とともに消され、卑しい名前として彼らが勝手に名付けたものであるという説が浮上している。
wikipedia 蘇我入鹿より



『日本書紀』では蘇我蝦夷、通称は豊浦大臣(とゆらのおおおみ)。『上宮聖徳法王帝説』では「蘇我豊浦毛人」。蝦夷は蝦夷と同じ漢字であるため、これは蔑称であり、毛人が本名との説がある。
wikipedia 蘇我蝦夷より


 これらの説を総合すると、中大兄皇子(後の天智天皇)は、中臣鎌足らと共謀し、保守反動クーデターによって進歩的な外交を行おうとした蘇我入鹿らを殺し、そのクーデターを正当化するために、『日本書紀』を改竄・偽装して、蘇我氏は逆臣だったことにし、さらにはその名前までも忌まわしく卑しいものに変えて後世に伝えるよう操作した、ということになりそうです。

 もしこれが事実なら、結構大変なことで、教科書は大きく書き換わるでしょうし、中大兄皇子(後の天智天皇)の歴史的評価も相当下がるのではないでしょうか。

 ……そうなったら困る人がいます。

 そう。われらが高橋愛ちゃんです!
 愛ちゃんは「日本の偉い人」として中大兄皇子を挙げるほどだし、中臣鎌足も尊敬してるんですから! (たぶん、宝塚のミュージカル『あかねさす紫の花』に感化されたんだと思うけど……)

 愛ちゃん! 尊敬する中大兄皇子がピンチだよ!? どうしよー!?
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